沖縄のやんばるで幸せなSlow life研究所  
〜 のほほん LIFEの勧め 〜 
                                       
  新人賞への道
ンクールなんてものは 別にみなが受けねばならぬものでもないし 受かったからと言ってある程度の目安にはなるが、だからと言ってそれ相応の実力がある事を証明するものでもないと思う。コンクールに受からなくたって味のある歌い方でなんとも言えず上手い人もいっぱいいる。
合格できたというちょっとした自己満足なのかもしれぬ。
大和の人が沖縄民謡を習得するのはうちなーの人のように、生まれた時からの体にしみついたものがないゆえに余計に超えていかないとならない物もある。こんな歌では沖縄の人が聞いたら下手くそで笑われてしまうんじゃないか?など考えてしまったり。私は、とりあえず自分の歌がどこまで認めてもらえるのか挑戦したいと思ったのでした。


私が民謡を始めた時、うちの教室では 新人賞を受賞したのは 小林さんとHさんの2人だけでした。
私が始める数年前に まず小林さんが新人賞を受賞し、その後 4人くらいで新人賞を受けに行って合格したのがHさんだけだったらしいです。
そしてその時、大工先生から札幌組は 「指導している小林さんが最高賞を取り終えてから、札幌の生徒達を受けさせたほうが良いだろう」 と言われたんだそうです。その後数年して生徒の一部からコンクールを受けたいという要望もあり、伺いをたてたところ受けてもよいとお許しがでたそうです。
私ももちろんコンクールなんて 雲の上の出来事でそこまで民謡に命かけてるわけでもないし受ける事なんて考えた事もありませんでした。


ところが民謡を始めて2年くらいたった年の3月に小林さんから「大工先生からコンクールを受験してもいいとお許しが出ました。皆さん受けませんか?」と提案がありました。ほんでもってどの程度悩んだかは忘れてしまったが受験する事にしました。


3月にまず会員になるべく入会金を払い、あとは7月の試験に向けて練習そして練習...
もっと早く受験するとわかっていれば事前に準備していたものですが、4ヶ月くらいしかないという事で必死でした。
私は八重山民謡なので「つぃんだら節」と「でんさー節」のどちらかから一曲選べましたが、「つぃんだら節」の方がいいでしょうという、小林さんの勧めでそちらに決定しました。
まず曲自体知らないので、大工先生のCDを聞きながら曲全体を把握してから練習しました。
小林さんには「毎日10回ずつ弾きなさい」と言われたけど そんなには弾いてませんでした。
でも直前になると焦ってきて 朝と夜と弾いたりしてました。
コンクールを受けてわかったのですが 自分ではその通りに唄っているようでも かなり我流になってしまってるところがあるんですよね。
指摘されて直したり 声をテープにとって 自分の下手さかげんを認識してがっかりしたりと そんな事の繰り返しでした。
後半は 立って演奏する事に慣れていなかったので 立ちながら弾く事の練習や、着物を着て弾くと洋服と違ってすべったりするので着物を着て練習なんて事もしました。


コンクールの時は2、3日前に那覇入りをして、大工先生の教室を渡り歩きました。
大工先生の前で 初めて歌った時は 私の歌って大丈夫ー? と、とても不安だったのでむちゃむちゃ緊張しました。
言われた部分をホテルに戻ってから弾いたりしました。
私はお酒を飲むと喉が荒れて声が出なくなってしまうので数日前からアルコールは絶ってました。(これは個人差があるようで平気な人もいます)

当日は朝集合して会場だった浦添市民会館へ行きました。
会場は琉装して三線を持った人がいっぱいいてあちこちで練習しています。
自分もまだまだ下手なので他の人のを聞いているとみんなすごく上手に聞こえます。
とりあえず私たちの休憩場所を確保してそれぞれ練習したりして時間をつぶします。
女の人はカンプーに結わないとならないので(今は結わなくてもよくなりました。でも服装によって結わないとおかしいものもあります)適当に早めに髪結いのところに行って結ってもらいます。私はショートですがスプレーでがちがちに固めてもらってなんとか形にしてもらいました。頭だけカンプーで下は洋服なのでなんとも妙ですがその格好で休憩します。その合間に大工教室の先輩達がわざわざ様子を見に来てくれたりもします。私の場合順番が遅かったので待っている時間が長くてそれだけでも疲れてしまいました。誰も呼びに来てはくれないので時々今どこまで進んでいるのか様子を伺いに行ったりもしないとなりません。
一緒に行ったマリ兄や花ちゃんは順番が早かったので 無事終えて開放感に浸っているようで羨ましかったです。会場を見学に行くとギャラリーがわんさかいて一曲終わるごとに「今のは上等さー」とかなんとか批判しています。ステージの前には審査員がずらーっと白いテーブルの前に白い座布団の上に座ってずらずら並んでいます。30年前の喉自慢大会のような不思議な空間です。審査員もなんだか恐そうに見えてしまうし。途中間違えてブザーの鳴った時もありますがブザーの音はブーっと必要以上にけたたましい音で周りにいる誰もが火事?地震・何事?とびびってしまうような音です。
私は午後の出番でしたのでお昼休みに舞台が空いているので弾きに行きました。みんな弾きたく順番で並んで待っています。審査員はいないけど緊張です順番が近づいてくると次は着付けをしてもらいに行きます。これで頭も着物も完成です。化粧は自分で適当に濃いめにしましたいよいよ順番も近くなり、ステージ裏へと入ります。まず小部屋で10人くらいずつ椅子に座って待たされました。付き添いのいる人もいます。私は岡山の同期の人が一緒だったので少し話したりしてました。いきなり歌詞を忘れてしまい、岡山の人に教えてもらったりもしました。ステージ裏ですが外の音は聞こえるので受験者の歌っている声も聞こえます。途中ブザーが鳴り、その後連続してブザーが鳴りました。変な空気になったせいか休憩が急きょ入る事となりました。そのおかげで私はもう一度ステージで練習する事が出来ました。
その時の様子を隠し撮りで撮ってもらったのが横の写真です。(会場内は撮影禁止なので)そして休憩ののち再開。更に順番が近づくと小部屋からステージ横へと移ります。普段緊張しない方ですが極度の緊張状態となりました。隣で女の子が付き添いの人に足を踏んでもらっています。私が見ていると「緊張する時はこうするといいさー」と私の足も踏んでくれました。本番では緊張で声がうわずってましたが最後まで歌い通す事が出来ました。終わって外に出ると大工先生と苗子さんも見に来てくれていました。
最後はみんなで記念写真を撮りました。
発表は後日でしたが 私はなんとか合格する事が出来ました...


コンクールを受けると 苦労する分収穫も多いと思いました。
受けた後と受ける前とでは格段に上手くなったと思うし。
一皮むけるという感じかな。